世界の頂点に一度昇りつめた人間が、その位置をキープし続けるのは難しい。幸運のデビューから所属レコード会社のソニー・ミュージックの社長トミー・モトーラとの結婚と、夢のようなシンデレラ・ストーリーの主人公だったマライア・キャリーにとって、離婚を選んでからソニーに在籍し続けることは、相当つらいものだった。しかし今年、レコード会社をヴァージン・レコーズに移籍して気分一新。念願の初主演映画『グリッター』が完成し、そのサウンドトラック『グリッター』も完成。ニューヨークで再会したマライアは、こんなふうに明かしてくれた。
「トミーとの夫婦関係をもう続けていけないと気付いた時から、(移籍を)考えはじめていたわ。ヴァージンに決めたのは、わたしが16歳のときからの友人レニー・クラヴィッツが勧めてくれたし、彼も在籍するから。何社からもオファーがあったけれど、彼の言葉が一番心強かった」
音楽の創作活動は続けながらも、『グリッター』、次の映画の『ワイズ・ガールズ』と出演作が続いたという。そして、女優に専念できた期間があったことは、自分の成長にプラスだったと話す。
「わたしは着実に成長していると思うわ。特に演技のレッスンは、人間としてのわたしの成長をすごく助けてくれたと思っている。ずいぶん前の話だけど、すごく幸せじゃなかった時期があったの。(小声になって)あのころは、実際はそうじゃないのに、自分では大丈夫なように振る舞っていたの。だけど実際の演技では、そうもいかない。演技の勉強を始めたことで、自分のみじめな部分を隠して振る舞うのじゃなくて、自然に自分の感情を出すことで本当の自分になれるんだ、ということがわかってきたの」
今回の80年代を舞台にした作品を作りたいというアイデアは、以前からマライアが温めていたもの。
「この映画の舞台になっている80年代初期って、まだわたしが子供だったころ(笑)。だから撮影の時も、いろんなノスタルジックな思い出がわいてきたわ。あのころのR&Bは大好きだし、今、ファッション界でも80年代のテイストが戻ってきてるじゃない?だからタイミング的にも良かったわ」
アルバム『グリッター』は、確かに懐かしい80年代のフレイバーが満載されている。すでに大ヒットしているシングル「ラバーボーイ」にキャメオの曲がサンプリングされるだけでなく、メンバーも参加、このほかリック・ジェームスとのコラボレーション曲や、ジャム&ルイスが手掛け、シェレールが歌い、またロバート・パーマーも取り上げた大ヒット曲「ターン・ユー・オン」も収録されている。
かといって懐古主義に徹しているわけではない。バラードはジャム&ルイスや、デビュー時代からマライアを手掛けてきたウォルター・アファナシエフが共同プロデュースしているが、このほかクラーク・ケント、DJクルー、バスタ・ライムス、ファビュラス・・・・・・といった今のクラブシーンをにぎわせる大物や新人が参加。マライアの魅力を引き出すのに一役も二役も買って出ている。共演者のエリック・ベネイとのデュエットもある。
マライアの役柄は母親に見捨てられながらもスターを夢見るシンガーとあって、歌うスタイルが“マライア・キャリー”にならないように、とか、主人公の視点になって歌詞を書くといった気遣いが必要だったというが、仕上りには映画、音楽ともにマライアは大満足のよう。わたしは映画は見ていないが(全米は8月31日、日本は10月公開)、グルービーで刺激的なバックトラックが多く、新しい歌い方を意識した部分もあったせいか、マライアの歌もコーラス・ワークも格段に幅が広がり、歌というより曲全体でエモーションを体感できる内容になっている。
「今後の活動? 映画も音楽も、何をやるにしても、それは私のクリエーティブなものを表現しようとしているところから生まれているものなの。音楽と演技のバランスでいうと、自分に起こってくるものを素直にそのまま受け止めるだけ。ただ言えるのは、音楽制作をやめることは絶対ないわ。曲を書くということは、自分にとって一番必要な表現方法だから。わたしは音楽を愛しているのよ」
マライアがスターの座に君臨し続けているのは、自分の才能への確固たる自と隠れた努力による産物、そして音楽といった創作への愛情や意欲の強さによるものが大きい。そしてアルバム『グリッター』はそれらを証明できる傑作だ。