マライア・キャリー

蝶のように軽やかに・・・新たなる高みをめざして

Mariah Carey - FM Fan Magazine (Japan) - September 21, 1997 - Scans
Magazine Scans
FM Fan (JP) September 21, 1997. Text by Noriko Hattori.

マライア・キャリーのニュー・アルバム「バタフライ」は、さまざまな面で驚くほど大きな変化と意味を含んでいる。この作品が彼女のアーティスト人生において、重要な分岐点となるのは間違いないと思う。

マライア・キャリーは、90年にアルバム『マライア」で世界デビューを果たした。7オクターブの声を持つと言われた新星は、大大的な宣伝戦略のもと、スター街道を進。加えて、3年後には彼女を見出したソニー・ミュージックの社長、トミー・モトーラ氏と結婚し、世界的なレコード会社の社長夫人の座まで、わずか23歳で手に入れてしまった。まさにそれはシンデレラ・ストーリーだった。

それから4年。「バタフライ」のレコーデイング中にモトーラ氏との別離が発表された。原因についてはさまざまな憶測を呼んでいるが、大方の見解は、マライアにアーティストとしての自我が強く芽生えたため、別々の道を歩まざるを得なくなったのだろう、というものだ。そのあたりのマライアの心境に触れられるのが、アルバム・タイトル曲の「バタフライ」。"深く愛しているけど、見守らなくてはいけない時もある。翼を広げはばたいて、一緒になる運命ならきっと戻ってくる”と歌うバラードは、今にも泣き出しそうな傷心の弱々しいボーカルから歌い始め、クライマックスには力強い、希望に満ちた歌に変わっていく、とてもエモーショナルな曲だ。

「バタフライ』は、私がこれまで作った曲のなかでも最高の出来だし、私にとっては個人的な気持ちを表現している特別な歌。だから、直観的にアルバム・タイトルにしようって決めたのよ。バラードだけど、甘くロマンチックなものではなく、スピリチュアルでカ強い曲よ」

このバラードを耳にするたびに、夫への愛を残しつつも、アーティストとしての可能性、成長への意欲に賭けた彼女の決心を感じるが、その意欲が今回のアルバムではヒップホップへの取り組みとなった。

最新全米チャートを見ると、シングル、アルバムともにヒップホップ系の大活躍が目立つ。一時は2パックとノトーリアスB.I.G.の銃撃事件などから、ラップへの社会的バッシングが強まったが、人気面ではまったく衰え知らず。その現在の人気を支えている、最も旬のアーティスト、プローデューサーが見事なまでに顔を揃えている。

今や現象とまで言われるショーンフィ”コムズをはじめ、Qティップ(ア・トライブ・コールド・クエスト)、ミッシー・エリオット、クレイジー・ボーン&ウィッシュ・ボーン(ボーン・サグスン・ハーモニー)、デヴィヴァンテ・スウィング (JODECI)、ドゥルー・ヒル、トラック・マスターズ・・・・・。今までにもジャーメン・デュプリやデイヴ・ホールといったヒップホップ系のヒットメーカーと組んできたが、それはアルバムの中の1、 2曲だった。ところが、今回は12曲中6曲がそう。

「93年にくドリームラバー>をデイヴ・ホールと一緒にやった時、彼に影響されたハードコアのビートを多用したけど、レコーディングしながら自分の音を作りたいと強く感じたの。それが「バタフライ」につながっているんだけど、パフィの参加も前作でリミックスを依頼した時からの自然な流れで、今回は共同プロデュースをお願いしたのよ。他にはボーン・サグスンやミッシーといった若くて、クリエイティブなミュージシャンとも共作したけど、彼らとのレコーディングはとても新鮮で楽しかったわ。ウォルターとの仕事は勉強にはなるけど、ラップの話で盛り上がることはないもの(笑)。だから<ハニー>のようなシングルは、彼とだったら絶対に生まれないわ」

ミッシー・エリオットは、ソングライターとしても活躍する女性ラッパーで、デビュー・アルバム「スゥパ・ドゥパ・フライ」が8月2日付全米チャートに3位で初登場している。彼女とは「ベイビードール」の歌詞を共作しているが、シーツや携帯電話を小道具に都会の恋愛風景を描いたそれは、エモーショナルな歌詞を得意とするマライアにはなかった作風だ。また、1stシングルとなった「ハニー」は、ヒップホップ黎明(れいめい)期に生まれた「ボディ・ロック」がバックトラックに使われているが、このアイディアを提供したのはQティップだという。

マライアが「ラップの話は彼とはできない」と笑うウォルター・アファナシエフは、デビュー以来の付き合いになるプロデューサーで、今作も6曲でコラボレート。そのすべてがバラードだ。卓越したボーカル・テクニックをフルに発揮できるバラードは、最大の見せ場。やはりウォルターとのコンビは、マライア・キャリーの音楽の核となるのだろうか。

「バラードはウォルターとやるものって決めているわけじゃないのよ。まず、最初に曲の骨格となる部分を私が考えて、そのあと曲をベストな形に完成させるためには、だれと組むのが一番いいかと考えてやるわけだから」

「バタフライ」をはじめ、バラードはどれも渾身の絶品という感じで、聴く側にも熱いものがこみあげてくる。なかには4年の歳月をかけて完成させた「クローズ・マイ・アイズ」という曲もある。

「昔よく行っていた農場があって、そこのバスタブにつかりながら、窓のそとの月を眺めている時に思いついた曲なの。でも、子供時代から現在までの自分を回想した、パーソナルな内容だったから、時は発表しようなんて思わなかった。それを昨年ふとウォルターに聴かせたら、すごく気に入ってくれたので、一緒に完成させることにしたの。私にとってこの曲を作ったことは一種のセラピーになったから、結果とても良かったと思っている」

「クローズ・マイ・アイズ」は、インタビュ一した2週間前にやっと出来上がった曲だが、通常はまず最初にバラードをレコーディングするのがマライア流だ。

「アルバムを作る時は、いつもバラードから作り始めて、アップ・テンポの曲はあとに残しておくの。最初に難しい曲をやってしまえば、あとは好きな曲を楽しんでできるでしょ。それにトレンドはどんどん変わっていくから、アップテンポの曲は、最後に取りかかった方が賢明なのよ」

なるほど、それで今回はヒップホップなのかと納得してしまうが、ことマーケティングに関して言えば、マライアは相当自信を持っている。その能力が注がれているのが、今年設立した"クレイヴ・レーベル”。ソニー・ミュージックの傘下でスタートしたマライアの自己レーベルだが、ここでは新人発掘やプロデュースなどを手掛けている。

「他のアーティストを私のレーベルに迎えて、曲を提供したり、一緒に作ったりできたらいいなと思って、クレイヴを設立したの。実際アルーアのプロデュースは楽しかったし、クリエイティブな面でとてもいい経験を積ませてもらっているわ」

クレイヴの第一弾アーティストである女性4人組アルーアは、日本でもアルバムが大ヒットしているが、マライアは自分のレコーデイングを中断させてまで彼女たちのプロデュースに熱中した。4人には「ラスト・チャンス」というバラードを提供しているが、美しい曲だけに、「どうして他の人にあげちゃうわけ」と周りの人にずいぶん怒られたそうだ。

このあとセブンス・マイルという10代の男性ボーカル・グループをプロデュースする予定だが、彼らやキーシャという14歳の女の子を含め、クレイヴには有望な新人が多く控えている。それら新しい才能を発掘するのに直接力を発揮しているのが、A&Rのコリー・ルーニー。彼は「バタフライ」でも4曲コ・プロデュースしているが、ヒップホップ、R&B界で長年培った多彩な人脈は、マライアの大きな味方となっている。注目すべき新しいブレーンのひとりだ。

『バタフライ』の完成と同時にマネージメントをLAに移した。新しいマネージメントは、女優のニコール・キッドマンらを擁する、ハリウッドが得意分野のところ。ホイットニー・ヒューストン、マドンナ、ヴァネッサ・ウィリアムス同様、マライアも「子供のころから演技の勉強をしていて、大人になってからも女優が憧れだった」という、念願の映画界に進出する。具体的な話はしてもらえなかったが、すでに初出演作のプロジェクトは進行中とのことだ。

アーティストとしてさらに大きく飛躍したい願望がマライアに、社長夫人の座を捨ててまで、自立の道を選ばせたんだと思う。でも、その選択には苦しみを伴い、迷い悩んだ時間が自分を見つめ直すいい機会となり、彼女自身も「私自身の深いところまで非常によく表現できている」という曲が生まれたのではないだろうか。そして、自立の決断がヒップホップとのコラボレートという新境地につながった。日本に関して言えば、マライアが取り組んだことでヒップホップの間口が広がり、一般にもその魅力をアピールすることになりそうだ。

そして、マライアにとっては「バタフライ」が自立の第一歩で、自分の翼ではばたいたシンデレラの真価が問われる作品だ。その重みは本人も十分承知している。だからこそ、ギリギリまで時間をかけて入念にレコーディングしたわけだし、過去になく多くの取材を受けているのだろう。

来年の来日公演は、全米ツアーを終えてから行われる。アーティストとしてさらに成長したマライアとの再会が楽しみだ。