冬のニューヨークの寒さは、体験した人でないとなかなか理解できないと思う。どんなに暖かいコートを身にまとっていても、寒さは足の裏から確実に伝わってくる。
昨年の12月9日も、そんな凍えるような寒い夜だった。だが、ハーレムにほど近い、NYでも最も大きく、歴史のあるセント・ジョン・ディヴァイン・カテドラルには、その寒さにもかかわらず、政財界やショービジネスの世界の名士たちと思われる人々が、きちんと正装して集まってきていた。その数約1000人。カテドラル正面には「ア・ベリー・スペシャル・ホリディ・イブニング・ウイズ・マライア・キャリー」とあった。この日は、NYの恵まれない子供たちのために活動を続けている非営利団体「フレッシュ・エア・ファンド」のチャリティーコンサートとして、マライア・キャリーが特別にライブを行うのだ。
カテドラルの中に入ると、まずその会堂の高さと広さに圧倒される。これだけ広いと、室内とはいえ、やはり寒さが身に染みる。
だが、会堂を取り囲む回廊や、正面の祭壇に設けられたステージ一面には、すでに何干本というキャンドルが灯されて、コンサートの前から教会全体を、クリスマスにぴったりの幻想的な雰囲気に変えてしまっていた。
そして、コンサートがはじまった。最初に、フレッシュ・エア・ファンド側から簡単なあいさつと報告のアナウンスがあった。
「私たちの基金のために、マライア・キャリーさんから多額の寄付をいただいたことを、まずご報告いたします。私たちの活動の趣旨に賛同していただいたマライアさんは、今日のコンサートをはじめ、私たちの基金の募金活動をこれからも支援してくださいます。そこで私たちは、94年夏から開始した、キャリア・アウェアネス (職業発見)・キャンプのプログラムに、キャンプ・マライアの名前を冠することを、決定いたしました」
キャンプ・マライア!カテドラルいっぱいに波のような拍手が響いた。どんな分野であれ、社会的に成功した人は必ずといっていいほどボランティアや社会福祉活動に積極的に参加するのがあたりまえになっているアメリカでも、彼女ほどのスーパースターの名前を冠したプログラムが実現することは、かなり珍しいといえるだろう。
いったい、どんなキャンプになるのか…•・そう考えているうちに、マライアの歌がはじまった。『聖しこの夜』『もろびとこぞりて』そして『ヒーロー』・・・・・・50人ものゴスペル・コーラスを従えてのマライアの輝くような美しい歌声は、残響の多いカテドラルのすみずみまで広がっていき、揺らめくキャンドルの炎とともに、一足早いクリスマスにぴったりの素晴らしい贈り物になっていた。
気がつくと、ステージのすぐ前には、100人ほどの子供たちが床に座って、笑顔で彼女の歌に耳を傾けている。
聞けばすでにフレッシュ・エア・ファンドのキャンプに参加したことのある子供たちだという。もしかしたら、来年の夏、マライアと一緒に過ごすキャンプのことを思い浮かべているのだろうか?
後に彼女は、その日のことをこう語っている。
「あの美しいカテドラルでのコンサートはとても印象に残っているわ。何よりもよかったのは、実際にキャンプに参加している子供たちがコンサートに来てくれたこと。だから私も、子供たちみんなのために心を込めて歌うことができたと思う。
子供たちは、本当に素晴らしい聴衆でした」
コンサートが終わり、教会の外へ出ると、寒さはさらに厳しくなっていた。だが、家路につく観客一人一人の心には、マライアの歌声によって、小さいけれどとても暖かい炎がしっかりと灯っていたに違いない。
ところで、このコンサートを主催し、キャンプ・マライアをスタートさせたフレッシュ・エア・ファンドとはどんな組織なのだろうか。ファンドの代表、ジェニー・モーゲンソーさんに聞いてみた。
「1877年に創設の、民間のボランティア団体でこれまでに160万人もの、NYに住み経済的、身体的に恵まれていない子供たちに、毎年無料の夏期休暇を体験してもらうプログラムを実施してきました。例えば、'94年だけを見ても、約7000人の子供たちが、ヴァージニア州からメイン州までの、アメリカ東部13州とカナダに住む、ボランティアのホストファミリーの家でホームステイを体験していますし、それに加えて、NYから北へ65マイル(約105志)のところにある、ニューヨーク州フィッシュキル・シャープリザベーションでは3000エーカー(約12万m²)におよぶファンド所有の土地に広がるフレッシュ・エア・キャンプで、約2900名の子供たちが、キャリア・アウエアネス・キャンプを含む5種類のキャンププログラムに参加しています。さらに、1000名を超す経済的に恵まれない子供たちにも、通年で行われるキヤンププログラムが提供されました。
こうしたキャンプにかかる費用の80%は、マライアさんのような、個人からの寄付によって成り立っているのですよ」
聞けば近年、全米各地で、このような青少年の教育プログラムがさまざまな形で実施されているという。ではなぜ、キャンプ・マライアのようなこうしたプログラムが必要とされているのだろうか。
「それは、NYのような大都会に住む、とくに経済的に恵まれていない子供たちには、都市生活のプレッシャーから開放された、安全な環境を体験することが、何よりも大切だからなのです」
現代のNYに住む子供たちには、さまざまなプレッシャーがつねに襲いかかってくる。銃。犯罪。麻薬。暴力。こうした恐怖がいつも子供たちのそばにある。コンクリートに囲まれて毎日を過ごす子供たちには、仲よく遊ぶ友達も少ないし、安心して遊ぶ場所もない。
さらに、経済的貧困は、子供たちから教育を受ける機会を奪う。その機会を失った子供は、日々進歩する最新の技術についていけず技術を学ぶことに否定的な態度を取りがちになる。結果、そうした態度は就職時に大きく不利に働き、若くして失業してしまう・・・・・・。
現在のNYで大きな問題になっている若年層の失業率の高さは、こんな悪循環から生まれている。マライア自身がフレッシュ・エア・ファンドのような教育プログラムに積極的に参加した理由も、こんな子供たちの将来を考えてのことだった。
「私自身も、子供時代に、無料のサマーキャンプに参加したことがあってね。でも設備もスタッフも最悪で、期間中はイヤでイヤで、毎日泣いていたの。パフォーミングアーツのキャンプに参加した時は、自分の好きなことだったから楽しかったけど。そんな思い出があったから、自分が社会的に成功した今、子供たちに何かできるとしたら、キャンプがいいんじゃないかと思うようになったの」
ずっとNYに生まれ育った彼女だけに、NYの現実は人ごとではないのだ。
「私はまだ若いし、子供たちにとって何が楽しいかよく分かっている。ストリートキッズたちが、自分たちの人生をよりよいものにするために、何を学ばなくてはいけないかもよく分かっている。私の子供時代と、それほど大きく環境は変わっていないけれど、以前からNYの環境が決してよくないのは確かですから。この街に住む子供たちは、自分が住んでいる数ブロック以外の環境は見たこともないし、そこから出たこともない。それもマイナス面の多い環境だから、お金を稼いでいる人はドラッグを売っている人か悪いことをしている人しか知らない。さらに子供たちの中には、いつ銃で撃たれるんじゃないか、とつねにびくびく心配しながら暮らしている子供もいるし、みんな不安でいっぱい。だから子供たちに安心できる環境をまず与えたかった」
そう考えていた時、まさにこうした子供たちのためのキャンプを実施していたフレッシュ・エア・ファンドの存在を知ったのだ。
「最初にスタッフと出会ったのは去年の夏の終わり近く。新しいプログラムをスタートさせるにあたってキャンプは完成していたけど運営資金を寄付してくれる人を探していて、私は、この職業発見のアイディアがとても気に入ったので、協力することを決めたの。
はじめて自分で働いてお金を稼いだ時にわずかだけど寄付して以来、ずっとチャリティーには関心を持ってきました。本当はすべての困っている人を助けたいけれど現実的にそれはムリ。でも自分がどんな状態にいても、ほんの少しのことから、何かを変えていくことはできると思う。それが、私が歌うことであり、このキャンプに参加することなの」
マライアは、このファンドに10万バの寄付を申し出た。そしてさらに、彼女がチャリティーコンサートやCMなどに協力することにより、キャンプ自体も有名になり、すでに65万バルを超える寄付が集まっているのだ。
「例えば、私はミュージシャンだし、子供たちは音楽の話が好きだから、まずこんな話をするの。だれもがスーパースターになれるわけじゃないけど、音楽界にかかわるいろいろな職業になら就くことができるってね。アレンジャー、エンジニア、ヘアメイク・・・・・・。いろんな仕事があるじゃない。スポーツ、法律、金融、だれもがいろいろな職業に就ける可能性があると知ることが、とても大切なの。
経済的に恵まれていない子供は、世の中に貧しい人とお金持ちがいて、それ以外に医師と弁護士と警官がいることは知っているけどそのほかの職業の存在や、仕事を持てば車やアパートが借りられる、といったことも分かっていないのが現実。参加してくる子供は、12~15歳だから、実際に職業訓練をするわけではないけれど、いろいろな職業があることを理解し、自分の人生に選択肢を持てるように、自分に自言をつけさせてあげるのよ」
シンガーを夢見る18歳の少女があるパーティーで、現SONYミュージック社長のT・モトーラに渡した一本のデモテープがきっかけになって、彼女は世界の音楽界のスーパースターに成長。そしてついには、そのモトーラ氏と結婚・・・・・・マライア・キャリーという名前はこのシンデレラストーリーとともに、現代アメリカを代表するビッグネームとなった。それだけに、彼女は子供たちにとってもやる気を起こさせるための最高のお手本なのだ。
「子供時代からずっと外向的で活発な子で、母のパトリシアはNYシティオペラの歌手でジャズもこなす人だったから、私は赤ちゃんのころから、オペラ、クラシック、ビリー・ホリディ、アレサ・フランクリン、スティービー・ワンダー・・・・・・とあらゆる音楽を聴いて育った。とにかく耳に入った歌をマネて一日中歌っていたから、いつもラジオが手放せなくて、取り上げられてからベッドへ。それでも毛布の中でこっそり聞いていたほど(笑)」
歌の才能を見抜いた母親によって、彼女は4歳からずっと歌のレッスンを受けてきた。
「学校時代の友達は、当時自分が将来何になるかなんて考えもつかない子が大半だった。でも私にとってシンガーを目ざすことはすでにとても自然なことだったのね。だから私は歌の才能があったことを心から感謝しています。しかもどんなに才能があっても、それを生かす機会に恵まれない人も多いから、その点でも本当に幸運だったと思っているの」
だから、彼女は自らの姿を通して、子供たちにこんなメッセージを伝えようとする。
「夢を持っているなら、決してあきらめずにそれを実現しようとトライしてみること。もしだれかがそれを止めたとしても、決して夢をあきらめてはいけないの。母はいつも言っていたわ。まずできると言じること。次は、そのためにやれることをするだけだ、とね」
ほど北へ走ったところ。日本でいえば信州の高原を思わせる、別荘地や学生のキャンプ地としても知られる場所。深い針葉樹の森の中の道を行くと、ほどなく私たちは真新しいグリーンの標識を発見した。そこには白い文字で”キャンプ・マライア"とあった。
「このキャンプに来る途中、キャンプ・マライアと書かれた標識を見るたびに、私の夢が実現したことを実感しました。子供たちに希望を与え、彼らの夢の実現に勇気を与えるこのキャンプに、私の名前をつけていただいて本当に光栄です。皆さん、ありがとう!」
オープニングセレモニーで、マライアはこんなスピーチで自分の気持ちを表現した。
それにしても、このキャンプ・マライアのある場所の豊かな自然と敷地の広さには驚かされるばかり。さすが2Wエーカーの土地を持つだけのことはある。キャンプの建物は、大きな湖の湖畔からゆるやかに山側へ登っていく、草で覆われた斜面に建っている。ガチョウが静かに泳ぐ湖畔には、ブイで仕切られた水泳場と、釣りのできる桟橋とボートがあり釣り道具はすべて道具小屋に収められている。
最も大きな中央の建物は、高さ数ir1はあろうかという大きな窓を持ち、キャンプの集会場や大教室、そして食堂として使われている。このほか、敷地内にはログキャビンがいくつも点在しており、それぞれ、コンピューター、ビデオスタジオ、写真、音楽、ファッションなどそれぞれの職業を知るための授業に応じた設備が建物ごとに整っている。これから毎年、12~15歳の子供たちが豊かな自然の中で新たな職業の可能性や社会とのかかわり方を学んでいくことになる。そんな機会をくれたマライアに感謝の意を込めて、子供たちはセレモニーの最後に、彼女のヒット曲『ヒーロー』を合唱した。それを聴くマライアの目には、光るものがあった。でも、それは、自分の夢が実現した、とても満足そうな沢だったのだ。