「歌うことは私にとって大きな解放感そのもの。歌っているときは何も考えずにいられるし、その間だけでも別の世界に行けるの。周りにどんなことが起こっていようとも、歌がすべてを吸収してしまうのよ」
マライア・キャリーの最新アルバム『デイドリーム』が爆発的に売れている。ファーストシングル『ファンタジー』にいたっては、女性シンガーではじめての快挙という、アメリカのビルボード誌シングルチャート初登場第1位という記録を作ってしまったほど。
その理由は自らプロデューサーとして参加している音楽的な魅力はもちろんのこと、マライア・キャリーという女性そのものの生き方やキャラクターも一因になっていると思う。
彼女が自ら監督を務めた『ファンタシー』のビデオクリップは、ニューヨークにあるお気にいりの遊園地、ライ・プレイランドで撮影し、大好きなジェットコースターに乗って楽しそうに歌っているシーンがあるかと思うと、得意のローラーブレードの腕前を披露している部分もある。また、ラッパー集団ウータン・クランの人気者、オール・ダーティ・バスタード(ODB)が参加しているリミックス・バージョンの分までビデオを制作し、そちらでは歯の父けたインパクトの強いODBと一緒にストリート感覚あふれる映像をたっぷりと見せてくれるのだ。
マライア自身、歌っていると別世界に行けるほどハッピーな気分になれると話すけれど、彼女の歌や映像を見ているこちら側も、ー緒にハッピーになってしまう。だから何度も何度もマライア・キャリーの音楽を繰り返して聴いたり、ビデオを見てしまうのだ。
10月10日にマジソン・スクエア・ガーデンで行われたFOX-TVの公開収録コンサートには、子どもから大人、人種もさまざまに集まってファン層の広さをうかがわせた。1曲目はジャーニーの82年のヒットで知られる『オープン・アームス』。ロック・バラードもマライアが歌えば温かい安堵感にあふれたラブソングに変わる。このショーではスクリーンをふんだんに使って、マライアのクリスマスのビデオを流したり、ステージにも子どもたちの混声合唱団のほかにファンの女の子を客席からゲストとして迎えるなどして、アルバム発表パーティーのように、にぎやかに盛りあがった。
マライアが歌うときに、微笑みがこぼれそうになるくらいうれしそうな表情であふれているのが何よりも印象的だった。それは観客に対してのものでもあり、歌えることの幸せに感謝しているようにもみえる。だから『メイク・イット・ハプン』を子どもたちと歌ったときも、声の渦がしだいに希望に満ちた太い綱のように聞こえてきたのだ。TVの収録用とはいえ、マライア・キャリーの歌があるだけで、そこに集まったファンに幸福と夢をもたらしてくれる、そんななごやかな雰囲気に包まれたショーだった。
マライアの子ども好きは有名だ。とくに昨年からは都会に暮らす子どもたちに郊外で新鮮な空気を吸いながらキャンプしてもらおうと、フレッシュ・エア基(ニューヨークで貧困にあえぐ子どもたちに田舎での夏休みをプレゼントする)の一環である〝キャンプ・マライア〟というイベントを夏に開催している。ここには、子どもたちが将来就く仕事の選択として職種について学んだり、釣りからコンピューターまで楽しめる各設備があり、実際にマライアも参加して、子どもたちとの交流を楽しんでいる。そこにはグラミー賞の最優秀女性ポップ・ボーカル賞に輝いたビッグスターの面影はなく、気さくな25歳の女性の姿があるだけで、マライアも一緒にバレーボールまでしてしまうのだ。
子どもたちと〝キャンプ・マライア〟で最後に必ず歌うテーマソングであ り、コンサートでもハイライトのひと つになっていたのが大ヒット曲の『ヒーロー』である。
「この曲は自分が自分自身のヒーローとなり、どんな出来事も乗り切る強さをもつ、という曲なの。このことはこれまでの一生を通じて、私がいつも探し求めていることだわ。私のこれまでの人生でずっと私をサポートしてきてくれたのは、母だったの。〝自分をじれば、必ず何かを成し遂げられる。あきらめてはいけないわ〟と、母はつねに私に言ってくれたわ。生きていくうえで辛いこともいろいろと経験したけど、いつもそんな母親の言葉に私は勇気づけられてきた。この曲のメッセージはそういうことなのよ」
今ではマライアの思いもかなって、シンガーとして成功したうえに、ソニ!・ミュージックの社長夫人になるというシンデレラ・ストーリーを身をもって経験している。そして、結婚して生活が落ち着いてきたからか、今回のインタビューでは積極的に自分の話をしてくれた。
ますます女性として磨きがかかってきた彼女は、最近ではグッチがお気にいり。ステージでもグッチの最新デザインのベルトをしていたし、『ファンタジー』のジャケット写真でもグッチのチェーンベルトを素肌の腰に巻いている。これが今は〝ベリー・チェーン〟という呼び名でちょっとしたファッションブームを巻き起こしているほど。シンプルな中にも自分らしさを引き立てたいと、最近ではファッションを研究しながら、自分でもサングラスなどのデザインを始めたというので、こちらのほうも楽しみだ。
妻としてのつとめでもある料理は、「夫のトミー・モトーラがイタリア料理やフランス料理にプロ級の腕前を持つのでかなわない」と、ケーキやマフィンといったお菓子作りがマライアの担当になっているそう。でも、本当のところは料理よりも、スリリングなジェットコースターに乗ったり、最近凝りだした水上スキーやスキーをやっているほうが好きな様子で、「遊園地が大好き。ビデオにジェットコースターのシーンを入れたのも、そういう理由からなの。日本にもいいジエットコースターはある?大きくて怖いジェットコースターが私の趣味よ。スピード感のあるものが大好きなのよ」
と、3月にはじめてコンサートを行うために日本を訪れることを楽しみにしていた。
さて、現在ヒット中の『ワン・スウィート・デイ』はボーイズIIメンとの共演の曲。曲作りも一緒に行ったために、マジソン・スクエア・ガーデンのステージでも息の合ったところを見せてくれていた。TV収録用とあって、このときは2回歌い、興奮したファンが思わずステージ前へ押し寄せるというアクシデントもあったけれど、誰もが彼女たちの声に論されるように、しだいに席へ戻って静かに耳を傾けていた。それぞれの声から光が放たれ、思わず会場が明るく照らされていくように感じさせる一曲で、マライアがこの曲を現代のゴスペル・ソングと呼ぶように、時間が止まったような何とも不思議な雰囲気を生む魅力的なバラードになっている。日本のコンサートにもボーイズTメンが同行してくれたら、さらにうれしいのだけど・・・・・・。
「エンターテイメントとは、心を動かされ、快感を与えられ、すべてを忘れてしまうようなことよ」と話すマライア・キャリーが、どんなパフォーマンスを日本のファンに披露してくれるのか、96年3月の東京ドーム公演を心待ちにしていたい。