マライア・キャリー

デビュー以来シングルが5作連続全米1。リリースした2枚のアルバムも爆発的な売り上げを記録して米音楽界の頂点に昇り詰めたマライアが、初のライブCDを発表

FM Station Magazine
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FM Station (JP) November 5, 1995. Text by 染野芳輝.

マライア・キャリーのニューアルバム『デイドリーム』が発表された。ボーイズIIメン、ベイビーフェイスとのデュエットを含む王道バラードに、ヒップホップを取り入れたニュー・モードのアップテンポ・ナンバーという新しい魅力も加わった新作。さすが、と唸らされる完璧なポップ・アルバムである。そんなマライアにニューヨークでインタビューした。今回の取材は、郊外の森と湖に囲まれたキャンプ地で行った。ここで彼女は、ゲットーの子供たちのために"キャンプ・マライア"という催しを開いていた。キャンプの意義は後ほど語ってもらうとして、まずは新作の話から。

去年の段階で、ヒップホップ系の若手プロデューサーとも組んでいることが明らかになっていましたが、マライアとヒップホップの組み合わせが正直、意外に思えたんです。
あら、そうかしら。私はあらゆるタイプの音楽を聴くわけで、当然ヒップホップも大好きなのよ。とくに最近はね。それに「ドリームラヴァー」(アルバム『ミュージック・ボックス』収録)で、すでにヒップホップからの影響を私なりに表現しているし…・・。でも、これまでバラードに力を注いできたのは確かだから、ヒップホップなんていうと意外に思われるんでしょうね。

「ドリームラヴァー」をプロデュースしたデイヴ・ホールとは、1stシングルの「ファンタジー」でも組んでますね。
あのときのデイヴとの仕事は楽しかったし、結果にも満足できた。今回は、あの試みをもう一歩進めてみたかったの。ストリートの音楽と私のポップな音楽をミックスすれば、必ずいいコンビネーションが生まれると思ったわ。

いまが旬のジャーメイン・デュプリを起用したのも同じ狙い?
そうよ。クリス・クロス、エクスケイプ・・・。彼がプロデュースした曲のトラックは、ビートはスローなのに特別なファンキーさとグルーヴ感があるのよね。ユニークで、ハッピーな高揚感がある。好きだわ。

そうしたサウンドを自分にも取り入れたかったわけですね。
そうね。ただ私の場合、CDを聴きながら私が歌ったら、きっと違うものになるだろうな”って考えてしまうのよ。普通、こんな聴き方する人いないわよね(笑)。で、ジャーメインが作ったエクスケイプのCDなどを聴いていて、私のアイデアを実現させたくなったの。

それらは、マライア流のポップな実験といってもいいと思うんだけど、それは成功したと思います?
もちろんよ。デイヴやジヤーメインが作るサウンドのカラーに私のカラーをうまく溶け込ませることができたもの。デヴィッド・モラレスと組んだ「ファンタジー」のハウス・ミックスでもさまざまな実験ができたと思うの。ふだん私がやっていることに違った要素をミックスすることで、いままでと違うボーカルの表情が出せたし、歌に新たな視点が生まれたと思ってる。本当にエキサイティングだったわ。でもね、本当の意味での実験はリミックスの12インチ・シングルのほうを聴いてほしいのよね(アメリカでは9バージョン入りのアナログ盤が出る)。だって、アルバムで思い切った実験をしたら、心地よいバラードを期待して買ってくれるファンをどックリさせちゃうでしょ?(笑)いずれにしても、私の音楽はさまざまな要素から成り立っているの。ヒップホップもハウスも私の一部だけど、バラードが私の大切な部分であることはいまでも変わってないわ。

しかも『デイドリーム』には、さまざまなタイプのバラード・ナンバーが収められています。
70年代ソウルのテーストが強いものもあれば、王道のポップ・バラードもあるという具合にね。いつものようにウォルター・アファナシェフと一緒にプロデュースしたバラードが多いんだけど、それもいままでとはまったく違う作り方なの。

というと?
いままではサンフランシスコにいるウォルターに曲を送り、彼がサウンドを作って、そのテープを私に送り返してくれるの。で、最後に私が歌を入れるというスタイルだった。でも今回は、2人でスタジオのなかで向き合って、一からバック・トラックを作っていったの。だから下から上まで(ベーシックなりズムからオーバーダビングまでという意味)すべて共同で作ったのよね。

すべての曲でそういう方法をとったんですか。
そうよ。すべての曲でプロデューサーと一対一でコラボレートしたわ。そうすることで、曲を書いたときのイメージよりずっと音楽的ビジョンが広がっていくことがわかった。それは大きな収穫だったわ。

それで同じバラードでも、それぞれタイプが異なるのかな。「アイ・アム・フリー」にはゴスペル・フィーリングが強く出てますね。
最初からゴスペルを意識したわけじゃないけど、サウンドが仕上がった段階でゴスペルになってた曲なの。だから、歌詞も自然にゴスペルになっていった。ゴスペルのスピリチュアルな雰囲気や力強さが私をインスパイアして、それが歌入れのときに炸裂したのよ(笑)。

「フォーエヴァー」は50~60年代のポップ・バラードのようです。
フィル・スペクターのような輝かしきオールディーズ・ポップス、かな。曲を聴いて、ある時代を思い起こすのって素敵じゃない?

マライアはいまやアメリカを代表するシンガーなわけですが、この曲は、すさんだ時代に生きる人たちに古きよき時代の心を取り戻してほしいという思いの表れでしょうか。
そんな!(笑)私は、ただ音楽を作っただけよ。でも、結果的にこの曲がそういう聴かれ方をすることに不満はないし、もしそうなったら素敵なことだと思うわ。

自身のなかのゴスペルやオールディーズは『メリー・クリスマス』で強くアピールされたけど、あの経験がいまの2曲に反映されてる?
どうもそうみたいね(笑)。友だちにも同じ指摘をされたわ。きっと、過去の経験が無意識のうちに私の新しい曲に反映されていくのね。

ジャーニーの「オープン・アームス」をカバーしてますけど、思い出の曲だったりして。
この曲を聴くと、中学生のころを思い出すのよ。早く大人になりたくて、時にはハメをはずしたりしてたわ(笑)。こっそり家を抜け出してクリスティっていう友だちの家に泊まりに行ったんだけど、そこでよく聴いたのがこの曲だったの。

オープン・アームス」は82年のヒット曲だし、「ファンタジー」でサンプリングしてるトム・トム・クラブの「悪魔のラブソング」も82年の曲なんですよね。
えっ!?ぜんぜん気がつかなかったわ。やっぱり13歳のころにいちばん、音楽を積極的に受け入れてたんでしょうね。人生に目覚めるころだし、自分というものが形成されていく特別な時期なのよね。

キャンプ・マライアも13歳前後の子供たちが対象ですが、彼らの大切な時期に何かをしてあげたいと考えてはじめたんですか。
そうなの。ストリートからは素晴らしい音楽も生まれるけど、それ以上に心を痛めるような事件が毎日起こっているわよね。そういう環境にいる子供たちが、自分の家のブロックから離れて生活することは意味があると思うし、人生にはいろんな道があるんだということを彼らに知ってもらいたいの。そこに私がかかわることができるのは大きな喜びなのよ。それに、彼らと遊んでいると、とにかく楽しいんだもの(笑)。

ボーイズIIメンとのデュエット「ワン・スウィート・ディ」は、特別なテーマを持った曲のようですが。
この曲は身近な人の死がきっかけでできた曲なの。親しい人の死は、少なからずものの見方や考え方に影響を与えるものでしょ?そうして書いた曲の原型をボーイズIIメンのメンバーに聴かせたら、偶然、彼らも同じテーマで曲を書いていた。そして一緒に曲を仕上げたの。

この曲から死は最終的な別れではなく、それは永遠の愛へと変わるのだ”ということを感じました。
そのとおりよ。とても悲しい歌ではあるけれど、同時に、うちひしがれた心を力づけるような感情もこもっていると思う。きっと、どんな悲しみの先にも希望があるんじゃないかしら。それがあるから人間は悲しみを乗り越えて生きていけるのよね。もし、私の歌が人生の局面を乗り越える力になれたら、こんなにうれしいことはないんだけれど。

今回インタビューして感じたのは、音楽への深い思いを以前よりずっと素直に語っていたことだ。それだけ自分の音楽への自倍を深めているのかもしれない。新作に続き、来春には待望の来日公演も実現しそうだ。「私自身、楽しみなので、もう少し待っていてください」

これ、マライアからの伝言です。