7オクターブの声を持つシンガー"という触れ込みで90年にデビュー。そのアルバム「マライア」は11週にわたって全米ヒット・チャートの1位の座を独占した。マライア・キャリーの成熟した歌唱力は ハウス/ラップ・ミュージックが全盛を極めるなか、正統派であるがために新鮮な響きを持ったものとして受け止められた
マライア・キャリー。弱冠20歳にしてスーパースターの地位を確立した女性シンガー。触れ込み通りの歌唱力について彼女は、「実際に7オクターブ出るかどうかなんて試したことなかったの。ただレコーディングのときにこんな声出せるかしら、ってやってみたら声が出ただけなのよ」とだけコメントする。ダイナミックな歌唱法、すでに押しも押されも しないスーパースターの貫禄さえマライアは感じさせる。デビュー直後に彼女はアメリカのポップス・シーン最大のグラミー賞に出演した。そのときマライアは、ディオンヌ・ワーウィックやアレサ・フランクリンといった大物女性シンガーたちを目前におき、自らが作ったゴスペル・ナンバーを、数十人のコーラス隊をバックにア・カペラで熱唱したのだ。
20歳、新人シンガーらしからぬ風格をみせた。
「あのときはもう歌うしかないと思っていたの。あのときほど緊張し、ドキドキしたことはなかった。当然といえば当然よね。わたし が幼い頃から聴いていたアレサたちがいたんだもの。でも歌い終えたときの充実感は、まだステージでの経験が浅いわたしにとってとても大きな自信につながったと思う」。
マライアは幼少の頃、兄や姉たちが好んで聴いていたソウル・ミュージックに傾倒し育った。彼女はその音楽を今も忠実に、だが今日のものとして表現している。
「もちろんソウル・ミュージックがすべてというわけではない。わたしはローリング・ストーンズやレニー・クラヴィッツのようなロックンロールも大好きなの。それでもわたし は兄や姉が聴かせてくれたソウル・ミュージックを歌い続けるでしょうね。だって、わたしがまだヨチヨチ歩きの頃から聴いていた音楽なんですもの・・・・・・でも、まだまだわからないわね。これからどうなっていくか、なんて予想できないし、いろんなものに挑戦していきたいわ」。
レコード・ジャケットやビデオ、写真などで見るマライア・キャリーは、その歌唱力も手伝ってか妖艶な女性、というイメージがあった。しかし、インタビュー時に現れた彼女はその スタイルこそ美しいものであったが、すっぴんに近い顔にはまだあどけなさの残る少女の笑みを浮かべていた。正直な気持ち、この23歳の女の子が何百万枚ものアルバムを売り、他のアーティストをプロデュースするという能力を持っているのか、と驚きさえ覚えた。マライアはいう。「歌うことは人生の経験が必要で、わたしはまだその途中にいるのよ。やりたいこともたくさんあって、それらを成し遂げていくためにひとつひとつステップ・アップしていかなければならないの」と。彼女の言葉に は「レコードを売ることだけが目的ではない」とでもいうような、ポップ・スターにはないアーティスティックで野望に満ちた一面がある。
幼いはずのマライアの顔が一瞬キリッと引き締まり、そしてこう彼女はいい残した。「他のアーティストがどんな内容のものを歌おうが、わたしには関係ない。わたしにはもっとたくさん歌うべきことがこれからも出てくるだろうし、サウンドだってもっと心に残るメロディーを作り出さなきゃいけないんだもの」。