マライア・キャリー

【ロイヤル・ロード】を歩むホップ・プリンセス

Mariah Carey - FM Station Magazine (Japan) - October 22, 1993 - Scans
Magazine Scans
FM Station (JP) October 22, 1993. Text by Mari Katsura.

初めてマライアの記事を目にしたのが、3年まえの「セブンティーン」誌(アメリカのティーン向けファッション誌)。

白いシャツにジーンズでNYの街に立つ彼女の写真は、“フレッシュ”以外の何ものでもない好印象を放っていた。ファースト・アルバム『マライア」を20歳で発表、デビュー以来7曲連続No.1ヒットの記録を持つ"ダイナマイド”級のスターになるとは、そのキュートな写真からは想像できなかった。

彼女には今回、3枚日の(スタジオ録音)アルバム『ミュージック・ボックス』のためのインタビューを合わせると4度会ったことになる。「ビジョン・オブ・ラブ」、「サムデイ」のころの彼女は、マネジャーに手を引かれてインタビュー会場に現れるなど、シャイな女の子という感じだった。4歳のころから、オペラ歌手の母親の影響もあってシンガーをめざし、高校に通いながら作曲活動に力を注いでいたこと、学校を卒業してからニューヨークで一人暮らしを始め、ウエイトレスをしながらデモテープづくりをしたこと、好きなアーティストはスティーヴィー・ワンダーやアレサ・フランクリンだと答えていた。

同時に、タトゥーというクラブで報道関係者向けのショーケースも開催された。同時期に行われたブレス関係者のためのショーケースが「タトゥー」というクラブであり、このとき初めて彼女の貴車なライブを体験。その7オクターブの声量と彼女のパフォーマンスに圧倒された。マライアの実力を見せつけられた場内の招待客は皆、満足気だった。なぜかライブのあとに記念撮影があり、彼女の横に並んでこれまたビックリ、175センチメートルのスリムな歌姫はやはりシャイな20歳の女の子に戻っていた。

2枚目のアルバム『エモーションズ』発表後のマライアは、自分でプロデュースにも参加するなど、グラミー賞の新人賞、最優秀女性ポップ・ボーカル賞を獲得したための自信もプラスして、前向きな姿勢を感じさせた。

「メイク・イット・ハプン”は特に思い入れのある曲なの。自分がやりたいと思ったことは、宿じてがんばれば必ずかなうと思う。そういうメッセージを込めた歌でもあるの」

このアルバムでもゴスペルやジャズなど音楽ソースはバラエティに富んでいる。白人ポップ・シンガーが・・・・・・という評るあったそうだが、母親がアイルランド人、父親がベネズエラン・ブラックということもあり、人種を越えたファンを持つ彼女は「音楽には差別は存在しないはず。歌いたい歌をアーティストとしてたくさんの人に聴いてもらいたいし、歌っていきたいだけ」。

と、きっぱり語っていた。

MTVの“アンプラグド”からのライブEP『ビジョン・オブ・ライブ』もジャクソン・ファイブのカバーである「アイル・ビー・ゼア」が収録されてチャート上位に。ツアーをしない彼女のファンにとっては待望のライブ盤だった。

さて、今年の6月にソニー・レコードの社長トミー・モトーラと結婚、ダイアナ妃の結婚式のビデオを見てウエディング・ドレスを特注したマライア。8月末に発表された「ミュージック・ボックス』ではハッピーでポジティブな気分にさせてくれる曲を披露。

「売れないころに比べて今は、とってもハッピーだから。(スターになった今でも)まだまだやりたいことがたくさんある。初めてのツアーももうすぐ始まる予定よ」今までは、「趣味は?」とたずねても曲づくりと答えてたのに、今回は、乗馬(ベイビーという馬を持っている)、大(ドーベルマンなど3匹)と遊ぶ、ローラーコースターに乗ることーとアスレチックな面をアピールしていた。ファッションも以前とうって変わってスポーティ。アディダスやプーマのスニーカー・スタイル。わずか23歳のこのチャーミングなポップ・ミュージック界のプリンセスには、すでに余裕さえ見受けられた。